須賀川特撮アーカイブセンター

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【調査研究活動紹介④】背景画家 島倉二千六氏の背景画の調査・デジタルアーカイブ(後編)

【調査研究活動紹介④】背景画家 島倉二千六氏の背景画の調査・デジタルアーカイブ(後編)

背景画の専門家であり「雲の神様」と称される島倉二千六氏が描いた背景画の数々が、当センターに収蔵され、その一部が一般公開されています。
当センターが参画・協力する「日本特撮アーカイブ」の2024年度の活動で、これら背景画の調査と保存(デジタルデータ化)が実施されました。前編の成果報告 に続き、後編では後世のクリエイターへ背景画の役割や使われ方を伝えるための調査・研究成果として、特撮映像における背景画の考察と特撮デザイナーの三池敏夫氏による直筆イラストによる解説、特撮の現場で島倉氏と仕事を共にした経験のある、樋口真嗣監督と尾上克郎監督へのインタビューをまとめました。

 

1. 日本特撮アーカイブについて

「日本特撮アーカイブ」の活動は、特撮に関する中間制作物や資料の保全を第一の目的としています。
この取り組みは、文化庁メディア芸術情報拠点・コンソーシアム構築事業で2012年度に行った調査研究からスタートし、特撮に関係する制作関係者や有識者などによって特撮の文化的価値の検証や、特撮に関する情報や文献の整理・体系化を実施してきました。2017年度からは文化庁メディア芸術アーカイブ推進支援事業の助成を受け、資料の保管・修復のための様々な活動を行っています。須賀川市は、2021年度より、須賀川特撮アーカイブセンターに収集保存した資料の調査などを通して「日本特撮アーカイブ」へ参画・協力しています。

 

2 . 特撮映像における背景画

文章:友井健人
解説イラスト:三池敏夫(特撮美術監督・アニメ特撮アーカイブ機構 理事)

〇背景画/背景画家が生まれた歴史的背景
特撮映画で空、山、建築物など、背景を描く「ホリゾント」は、日本映画においては、円谷英二が発明したと言われる。円谷が京都でキャメラマンとして活動していた1931年に参加した『唐人お吉』(衣笠貞之助監督)で初めて使用され、白い幕を張ってその前にスモークを焚いて霧が濃く漂う夜の港を表現したと伝えられる(注:フィルムは現存しない)。『唐人お吉』のホリゾントは白布の幕であり、後の特撮映画の写真のような風景を描いた幕とは異なっていた。ところが、円谷がキャメラマンとして特撮の手腕を発揮した4年後の『かぐや姫』(1935)では、ミニチュアの船が海上を進む特撮カットに、リアルな雲が描かれたホリゾントが見られる。後のスタンダードな背景技法が、この時期に急速に確立されたと推測される。
そもそも、映画製作にホリゾントはなぜ必要とされたのか。それは『唐人お吉』で夜の港での撮影が、費用と時間の面から困難であったことに起因する。ホリゾントはロケーション撮影を省き、映画製作を効率化するために生まれ、技術的発展を遂げた。

〇背景画が特撮に有効とされた理由
特撮映画においても同様で、ミニチュアを実際の空を活用して撮影するとなると、天候や時間帯などで作業が著しく制限される。非常な時間を費やしてミニチュアセットを組む特撮においては、屋内スタジオでの作業が、リスクが少なく効率的で、背景は必然的に絵を描いたホリゾントとなっていった。
ただし、円谷が特撮を演出した『ハワイ・マレー沖海戦』(1942)では、屋外に作られた巨大プールの背景として、壁に空を描いたホリゾントが設置され、後に『ハワイ・ミッドウェイ大海空戦 太平洋の嵐』(1960)で建設された特撮大プールでも、同様のノウハウが取られた。大海原を表現し、水平線を見せることが必須の大プールにおいては、屋外でもホリゾントが使用される。

〇背景画家・島倉二千六とは
背景画家・島倉二千六氏は、60年以上に渡って現役として活躍している。円谷英二が率いる東宝特撮映画を長く支え、後には各社で幅広い作品やジャンルで腕を振るった、この分野の第一人者である。
島倉氏は映画界でのキャリアを独立プロの背景スタッフとしてスタートした。映画のスチールマンでもあった実兄の紹介で、独立プロの映画製作現場に入り、山下宏氏から背景画の基礎を学んだ。また、その後に移籍した東宝で、後にウルトラマンシリーズの美術を担当する成田亨氏が背景を描いており、島倉氏は成田氏から特撮背景画の描き方を学んだ。
やがて円谷英二が率いる東宝特殊技術課の特殊美術係に移籍した島倉氏は、光学作画を経て背景スタッフとなる。当時、円谷配下には背景画家として鈴木福太郎氏がいた。島倉氏は鈴木氏の下で助手を務めた。
島倉氏は、エアブラシを使って空を描く鈴木氏の技術を観察習得し、また刷毛、ブラシなどで山、ビルなどをホリゾントに描く技術を身につけて行く。後にはリアルな青空ばかりでなく、重苦しく垂れこめた暗雲、幻想的な異次元空間など、卓越した絵画の技術でホリゾントを活用した映像表現に変革をもたらした。登場人物の喜怒哀楽、恐怖、郷愁など、監督が伝えたい心情を、ホリゾントに投影できる島倉氏は、多くの映画作家に珍重されていく。島倉氏が確立した名人芸。背景画の巨匠、空の神様、雲の神様など異名を取る所以である。

島倉二千六氏 背景画作画記録映像(須賀川特撮アーカイブセンター2階 ミニチュアセット背景画)


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